神戸地方裁判所 昭和56年(ワ)831号 判決
原告
兵機海運株式会社
右代表者代表取締役
千賀恒一
右訴訟代理人弁護士
池上治
被告
国
右代表者法務大臣
鈴木省吾
右指定代理人
井口博
外三名
被告
久保商店こと
久保賢市
右訴訟代理人弁護士
原田永信
島村和行
山下潔
金子武嗣
森下弘
被告
クムホ・ジャパン株式会社
右代表者代表取締役
柳承馥
右訴訟代理人弁護士
関根稔
被告
東西上屋倉庫株式会社
右代表者代表取締役
渡辺清治郎
右訴訟代理人弁護士
坂田十四八
右訴訟復代理人弁護士
関根稔
主文
被告久保賢市は原告に対し、金一九七三万五〇一六円及びこれに対する昭和五六年七月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告の被告久保賢市に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、原告に生じた費用の五分の一と被告久保賢市に生じた費用を同被告の負担とし、原告に生じたその余の費用とその余の被告らに生じた費用を原告の負担とする。
この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一 申立
一 原告
1 被告らは原告に対し、各自金二〇九三万五〇一六円及び内金一九七三万五〇一六円に対する訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告国
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 敗訴の場合担保を条件とする仮執行免脱宣言
三 被告久保賢市、同クムホ・ジャパン株式会社、同東西上屋倉庫株式会社
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 主張
一 請求原因
1 原告は倉庫業、通関取扱等を主たる営業目的とする会社である。
2 原告は、昭和五四年三月二〇日、申請人を被告久保商店こと久保賢市(以下「被告久保」という。)、被申請人を原告とする大阪地方裁判所昭和五四年(ヨ)第八八七号動産引渡仮処分事件につき、同裁判所裁判官大沼容之(以下「担当裁判官」という。)が発令した昭和五四年三月一二日付の、「被申請人は申請人に対し別紙物件目録記載の物件を仮に引渡せ。」の仮処分決定正本及び同月一六日付の「物件目録のうち『数量一五一バンドル(梱包数)』とあるを『数量左記倉庫内在中約一〇〇〇バンドル(梱包数)のうちの一五一バンドル』と更正する。」との更正決定正本に基づき、同裁判所岸和田支部執行官大東庄次郎(以下「担当執行官」という。)により、大阪府泉大津市新港町三番地、藤原運輸株式会社(以下「藤原運輸」という。)泉大津出張所泉北倉庫(以下「本件倉庫」という。)内に保管中の韓国製太さ五・五ミリメートルのワイヤーロッド(線材)一五一バンドル(梱包数)を被告久保に引渡す旨の仮処分の執行(以下「本件仮処分執行」又は「第二回仮処分執行」という。)を受けた。
3 しかしながら、右執行の対象となつたワイヤーロッド(以下「本件ロッド」という。)は、原告が株式会社雙龍ジャパン(以下「雙龍ジャパン」という。)から寄託を受けて保管中のものであつたので、原告は被告久保の前記仮処分申請が目的物件の特定を欠いており、これを認容した本件仮処分決定及び更正決定は違法であるとして異議を申立てた(大阪地方裁判所昭和五四年(モ)第四二九九号事件)ところ、昭和五四年一一月二二日、同裁判所は、本件仮処分申請が目的物件の特定を欠くのにこれを認容した本件仮処分決定及び更正決定を違法として取消し、本件仮処分申請を却下する旨の判決をなし、被告久保から控訴がなされた(大阪高等裁判所昭和五四年(ネ)第一九八八号事件)が、昭和五六年四月一六日、右控訴を棄却する旨の判決がなされて確定した。
4 被告らは、以下の理由により原告が本件仮処分執行により被つた後記損害を連帯して賠償すべき責任がある。
(一) 被告国の責任
被告国は、以下にみるように、公権力の行使にあたる公務員である担当裁判官及び担当執行官が、いずれも重大な過失によりその付与された権限の趣旨に明らかに背いて本件仮処分の申請人である被告久保の利益のために違法又は不当な目的をもつて右権限を行使したというべきであるから、国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条に基づく責任を負う。
(1) 担当裁判官の過失
(イ) まず本件仮処分の目的物件は被告クムホ・ジャパン株式会社(以下「被告クムホ」という。)が韓国から輸入し、同被告からツシマスチール株式会社(以下「ツシマスチール」という。)を経て被告久保が買受け、原告が保管中の特定物たるワイヤーロッドというのであるから、担当裁判官としては、本件仮処分の被申請人である原告が倉庫業者として被告久保の買受にかかるワイヤーロッド以外にも第三者から品質同種のワイヤーロッドの寄託を受けている蓋然性が高く、第三者の寄託物に執行する可能性もあつたから、仮処分決定を発令する場合の目的物件の特定には特に留意すべきであり、現に申請人である被告久保の提出した疎明書類中の荷渡指図書にも目的物件の荷印(シッピングマーク)として「EXPORT:KUMHO&CO, INC」、積来船として「CHAMPION-I」の各表示がなされているのに、右表示による特定を怠り、被告久保の申請どおり目的物件の特定が不充分なまま昭和五四年三月一四日付の仮処分決定を発令し、右仮処分決定に基づく仮処分執行(以下「第一回仮処分執行」という。)が昭和五四年三月一五日不能に帰し、その際、藤原運輸の従業員が右仮処分決定の目的物件は同月一二日荷主である原告の指図により翌一三日朝日海運株式会社に引渡してしまつたので引渡せないとして履行を拒絶し、執行場所には目的物件と同種のものと思われるワイヤーロッド(線材)が相当数山積されていた旨の担当執行官の仮処分執行不能調書が同日付で作成されて本件仮処分記録に編綴され、かつ、被告久保がツシマスチールから買受けたワイヤーロッドはその申立によつても全数量が六七一バンドルであつたにもかかわらず、翌一六日に被告久保がなした目的物件の数量を「約一〇〇〇バンドル(梱包数)のうちの一五一バンドル」とする旨の更正申立をそのまま認容して更正決定を発令し、もつて目的物件の特定を欠いた本件仮処分決定を発令した。
(ロ) 担当裁判官は、被告久保の本件仮処分申請がいわゆる断行の仮処分申請であり、事案の内容からみても被申請人である原告を審尋すべきであるにもかかわらずこれを怠り、原告を審尋することなく本件仮処分決定を発令した。
(ハ) 担当裁判官は、申請人である被告久保の所持する荷渡指図書が倉荷証券とは異なり、物権的効力を有しない単なる免責証券にすぎず、同被告が被申請人である原告に対しては直接寄託物引渡請求権を有しないのにもかかわらず、この点の法解釈を誤り、被保全権利を認めたうえ本件仮処分決定を発令した。
(2) 担当執行官の過失
執行官が動産引渡の執行を行うに際しては、仮処分決定主文に明記された全事項について執行の対象とする物件との同一性を確認すべきところ、担当執行官は、更正された本件仮処分決定において、目的物件の数量が「約一〇〇〇バンドル(梱包数)のうちの一五一バンドル」、価格が「一五二七万六〇〇〇円(トン単価五万七〇〇〇円)」と表示されているにもかかわらず、全数量、価格を何ら確認せずに、執行当時約六〇〇バンドルしかなかつた泉北倉庫内からトン単価六万四三二七円の本件ロッドにつき本件仮処分執行をなした。
(二) 被告久保の責任
被告久保は、被告クムホが韓国から輸入し、同被告からツシマスチールが買受けた太さ五・五ミリメートルのワイヤーロッド(線材)のうち二〇〇バンドルをさらに買受けたと主張し、寄託先である原告に対しては直接寄託物引渡請求権を有せず、かつ、右買受にかかるワイヤーロッドが特定物であり、寄託先である原告が倉庫業者で他にも品質同種のワイヤーロッドの寄託を受けている蓋燃性が高いにもかかわらず、不特定物の引渡を求める本件処分申請及び更正申立に及び、そのため、担当裁判官をして特定不充分な本件仮処分決定及び更正決定を発令させ、担当執行官に本件仮処分執行をなさしめて原告に後記損害を与えたもので、民法七〇九条に基づく不法行為責任を負う。
被告久保に過失があることは前記のとおり仮処分異議訴訟において本件仮処分決定及び更正決定を取消し、本件仮処分申請を却下する旨の判決が確定していることによつても明らかである。
(三) 被告クムホ、同東西上屋の責任
被告クムホは被指図人を被告東西上屋とする、被告東西上屋は被指図人を原告とする各荷渡指図書を昭和五四年三月一二日付で発行して、被告クムホが韓国から輸入したワイヤーロッドのうち原告が本件倉庫に保管中のワイヤーロッド一五一バンドルを翌一三日に引取つたが、その際、被告クムホ、同東西上屋は原告に対し、右引取によつて原告に生じる一切の損害の賠償責任を負う旨保証した。
5 原告は本件仮処分執行により次のとおり合計金二〇九三万五〇一六円の損害を被つた。
(一) 損害賠償金 金一八一三万五〇一六円
原告は、昭和五四年四月二日、本件ロッドの荷主である雙龍ジャパンに対し、右ワイヤーロッドの返還不能による損害賠償金一八一三万五〇一六円を支払い、右同額の損害を被つた。
(二) 弁護士費用 金二八〇万円
原告は、昭和五四年四月末頃、原告訴訟代理人に対し、本件仮処分事件に関する異議申立及び本件訴訟の追行を委任し、着手金一六〇万円を支払うとともに成功報酬として金一二〇万円の支払を約した。
6 よつて、原告は被告らに対し、各自金二〇九三万五〇一六円及び内金一九七三万五〇一六円に対し本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
1 被告国
請求原因1・2の事実は認める。
同3の事実は、本件仮処分決定に対し原告主張の異議申立がなされ、その主張の各判決がなされて確定したことは認めるが、その余の事実は不知。
同4(一)の事実は、担当裁判官及び担当執行官がいずれも公権力の行使にあたる公務員であること、本件仮処分申請の疎明書類に原告主張の各表示があつたこと、本件仮処分決定の発令に際し担当裁判官が被申請人である原告を審尋しなかつたことは認めるが、その余は否認する。
同5の事実は不知。
2 被告久保
請求原因1・2の事実は認める。
同3の事実は、本件仮処分執行の対象となつた本件ロッドが雙龍ジャパンから原告が寄託を受けたものであることは否認し、その余の事実は認める。
同4(二)の事実は否認する。
同5の事実は不知。
3 被告クムホ
請求原因1の事実は認める。
同2・3の事実は不知。
同4(三)の事実は、被告クムホが原告主張のワイヤーロッドを引取つたことは認めるが、その余の事実は否認する。
同5の事実は不知。
4 被告東西上屋
請求原因1の事実は認める。
同2・3の事実は不知。
同4(三)の事実は、原告主張の各荷渡指図書が発行されて、被告クムホがワイヤーロッドを引取つたことは認める(但し引取数は一五五バンドルである。)が、その余は否認する。
同5の事実は不知。
三 被告らの主張
1 被告国
(一) 一般に裁判官がなした争訟の裁判につき国賠法一条一項所定の賠償責任が成立するには、右裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によつて是正されるべき瑕疵が存在する以外に、当該裁判官が違法又は不当な目的をもつて裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうる特別事情を必要とすると解すべきであり、執行官の執行行為についても同様に解すべきところ、本件における担当裁判官の本件仮処分決定及び更正決定の発令並びに担当執行官の本件仮処分執行には右特別事情は認められず、被告国には原告主張の国家賠償責任はない。
(1) 担当裁判官は、被告久保が本件仮処分申請にあたり、仮処分の目的物件は同被告がツシマスチールから制限的種類売買により買受け、原告に混蔵寄託された不特定の代替物であることを前提に申請書を提出し、その疎明資料であるツシマスチール発行の納品書、請求書、被告クムホ発行の被指図人を丸新港運株式会社(以下「丸新港運」という。)とする荷渡指図書、藤原運輸発行の荷渡指図書のいずれにも荷印の記載はなく、かつ、執行不能となつた第一回仮処分執行の際、担当執行官が執行場所である本件倉庫に目的物件と同種類のワイヤーロッドが相当数山積されていたことを現認してその旨の執行不能調書を作成しており、これらの点から担当裁判官が被告久保とツシマスチール間の売買を制限的種類売買とみて、荷印による特定をすることなく、本件仮処分決定及び更正決定に至つたものであるから担当裁判官に過失はない。
ところで、一般に、仮処分命令の発令に際して被申請人を審尋するか否かは当該裁判所の裁量事項であり、特に動産引渡断行仮処分の場合は、隠匿等の虞れ等から特別事情のない限り被申請人の審尋まで行なわないのが大阪地方裁判所を含めた実務での取扱であるから、本件仮処分決定の発令にあたり原告を審尋しなかつたことを担当裁判官の過失とはなしえない。
さらに、一般に荷渡指図書のうち、発行者が別個独立の第三者宛に物品引渡を命じる他人宛の荷渡指図書で右第三者の副署のないものについてはそれが物品引渡請求権を表象するか否かにつき解釈が分れ、これを肯定する学説もあり、本件の場合、発行者を原告大阪支店、被指図人を藤原運輸泉北事業所、指図受取人を被告久保又は持参人とする旨の荷渡指図書(甲第一一号証の一、以下「本件荷渡指図書」という。)が作成されていたから、担当裁判官が被告久保が目的物件の引渡請求権を有すると判断したとしても何ら違法とはいえず、過失もなく、また、被告久保がツシマスチールからワイヤーロッド二〇〇バンドルを買受けて代金を完済し、目的物件の保管者である原告に対し所有権に基づく引渡請求権を有する旨主張し、疎明書類として原告大阪支店が発行した右荷渡指図書を提出したことから、被告久保が原告から右荷渡指図書の交付を受けることによりその所有権取得を第三者にも対抗しうる商慣習があつたと担当裁判官が判断し、被告久保の原告に対するワイヤーロッドの引渡請求権の存在が疎明されたと認定したものであり、その判断過程にも違法性ないし過失はない。
(2) 担当執行官は、本件仮処分執行にあたり、目的物件の保管者である藤原運輸の従業員から指示された物件から更正決定がされた本件仮処分決定主文掲記のワイヤーロッド一五一バンドルにつき執行したものであり、原告主張の在庫数及び価格は目的物をより特定する手段にすぎず、本件仮処分執行時における在庫数と価格との間に相違があつたとしても、特定自体を欠くことにはならず、担当執行官の本件仮処分執行には過失も違法性もない。
(二) そもそも、仮処分手続は仮処分命令が後日異議申立等により取消され、被申請人がそのために損害を被ることがありうるため、申請人に保証を立てさせることになつており右法律上の建前からすれば、被申請人に生じた損害の填補は申請人においてなすべきことが制度上予想されているというべく、仮に本件仮処分執行により被申請人である原告が損害を被つたとしても、被告久保において賠償すべきものであつて担当裁判官及び担当執行官に責任はない。
2 被告久保
(一) 原告の本訴請求は、被告久保の本件仮処分申請により発令された本件仮処分決定(更正決定がなされたもの)とそれに基づく本件仮処分執行により、原告が雙龍ジャパンから寄託を受けていたワイヤーロッドが返還不能となり、雙龍ジャパンに返還不能に基づく損害賠償金の支払を余儀なくされたとしてその賠償を求めるにあるところ、本件仮処分執行は、名宛人である原告において実体上の義務の有無にかかわらず受忍すべき国家の執行行為であるから、これにより原告が雙龍ジャパンに対し金員を支払つたとしても、右金員の支払は法律上の原因なくして行なつたものと評価せざるをえず、本件仮処分執行自体とは法律上の因果関係を欠き、これに基づく損害とはいえない。
(二) 被告久保は、被告クムホが寄託中のワイヤーロッド二〇〇バンドルをツシマスチールから被告クムホ発行の荷渡指図書の交付を受けたうえこれを買受け、原告の履行補助者である藤原運輸が保管中のワイヤーロッドの引渡断行を求めて本件仮処分申請をなし、その旨の仮処分決定を得て執行したものであつて、右執行によつて引渡を受けたワイヤーロッドは前記買受物件にほかならず、雙龍ジャパンの寄託物件ではない。仮に、右雙龍ジャパンの寄託物件であつたとしても、右藤原運輸の従業員の誤つた指示により仮処分執行の目的物件を誤認したもので、被告久保に何ら責任はない。
原告主張のとおり、仮処分異議事件で本件仮処分決定及び更正決定を取消し、本件仮処分申請を却下する旨の判決が確定してはいるが、仮処分異議事件における仮処分命令の違法性の判断は、仮処分命令後の事情を含めた事後的判断であつて、仮処分命令自体が不法行為にあたるとする場合の違法性とは判断基準を異にし、本件の場合、仮処分申請時及び仮処分命令発令時には目的物件が存在し、更正された本件仮処分決定に基づく執行時に目的物件が存在しないことが事後的に判明したのであるから、このような場合にまで前記仮処分異議事件における仮処分命令に違法性ありとの判断をもつて直ちに本件仮処分自体を不法行為であると判断することは両者の法目的を混同しており不当である。
(三) 被告久保と原告間においては、被告クムホの寄託したワイヤーロッドの中で被告久保の買受物件の特定が問題になつても、原告が寄託を受けたワイヤーロッドの中で被告クムホとそれ以外の第三者の寄託物を区別するための特定は本来問題となりえず、しかも、本件仮処分申請時には被告クムホが寄託したワイヤーロッドは、被告久保がツシマスチールから買受けた二〇〇バンドルの残量一九八バンドルしか存在しなかつたから、本件仮処分における目的物件は被告クムホが寄託したことだけで特定していたもので、荷印などによる特定までは不要であり、被告久保には過失がない。
(四) 仮に本件仮処分申請及びそれに基づく本件仮処分決定(更正決定)がいずれも目的物件の特定を欠くとしても、被告久保は本件仮処分執行に立ち会い、その際「自己が従前引取を継続していたワイヤーロッドにつきその引渡をして欲しい」旨指示して特定物引渡を求める執行をしており、その際に執行の目的物件を誤つたとしても、被告久保の本件仮処分申請とは因果関係はない。
(五) 被告久保はツシマスチールから韓国製太さ五・五ミリメートルのワイヤーロッドを必要数量である二〇〇バンドル買受けたもので、右売買は不特定物売買というべきであるうえ、原告の寄託物の返還状況からみて、同種のワイヤーロッドを返還する混蔵寄託というべく、被告久保が原告に対して有する寄託物引渡請求権も不特定物を対象とするから、被告久保が目的物件を不特定物として本件仮処分申請したことには何ら過失はない。
(六) 仮に、被告久保の右各主張に理由がないとしても、本件仮処分執行に際しては、原告従業員も現場におり、原告の履行補助者である藤原運輸の従業員が本件仮処分決定の目的物件として本件ロッドを指示したから、損害額の算定に際しては原告側の右過失が斟酌され、過失相殺がなされるべきである。
3 被告クムホ
被告久保の主張(一)と同旨
4 被告東西上屋
(一) 被告久保の主張(一)と同旨
(二) 被告東西上屋が、昭和五四年三月一二日、被告クムホが原告から寄託中のワイヤーロッド残量の引取を受ける際に原告に約したのは、被告クムホに在庫数を引渡す旨の荷渡指示をすること自体が将来紛争になつた場合には責任をもつて処理する趣旨にすぎず、第三者の被告久保の本件仮処分申請とこれに基づく本件仮処分執行自体当時予想しうるものではなく、右荷渡指示との直接の関連性もない。
(三) 仮に、被告東西上屋が原告主張の保証をしたとしても、本件仮処分決定が取消され、本件仮処分申請も却下されて確定しており、原告ないし雙龍ジャパンは本件ロッド自体の返還を求めるなど、これの追求をなしうるはずであり、原告が雙龍ジャパンに金員を支払つたとしても右支払額が直ちに損害とはいえない。
第三 証拠〈省略〉
理由
一請求原因1の事実は全当事者間に争いがなく、同2の事実及び同3の事実のうち、本件仮処分決定に対し原告主張の異議申立がなされ、その主張の各判決がなされて確定したことは原告と被告国、同久保との間では争いがなく、その余の被告との間では〈証拠〉により認めることができ、本件ロッドが原告が雙龍ジャパンより寄託を受けていたものであつたことは、〈証拠〉を総合して認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。
二そこで、被告らの責任の有無につき検討する。
右事実、〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
1 被告クムホは、昭和五三年一二月、韓国から釘製品の原材料であるワイヤーロッド(太さ五・五ミリメートル)をチャンピオンI号及びチャンスンI号により輸入し、これをツシマスチールに売渡したが、右ワイヤーロッドは、同被告から原告、原告から通関業者でもある藤原運輸に順次寄託され、右チャンスンI号による輸入分は藤原運輸の汐見倉庫に、右チャンピオンI号による輸入分八四〇バンドルについては、同月七日藤原運輸の泉北倉庫(本件倉庫)に各保管されることとなつたが、直後の同月一一日、原告は隻龍ジャパンからナムスン号で韓国から輸入した太さ五・五ミリメートルのワイヤーロッド五五九バンドルの寄託を受け、右ワイヤーロッドも藤原運輸の本件倉庫で保管されることになつたが、右ナムスン号による輸入分については、本件倉庫の東側で海岸とは反対側(倉庫裏)に、右チャンピオンI号による輸入分については、本件倉庫の西側で海岸寄りに、いずれも野積されて保管場所は一応区別されていた。
また、右藤原運輸にあつては、その寄託物につき、貨主、品名、個数、船名、記号番号、入出庫期日、出庫高、出庫先、残高等を記入した自主記帳台帳を備え付け、出在庫の管理を行なつており、右台帳上の記号番号としては、右チャンピオンI号の輸入分が「TO:JAPAN WIRE ROD JIS G3505 SWRM8 B/D NO. I-840 EXPORT:KUMHO&CO., INC. SEOUL MADE IN KOREA」右ナムスン号の輸入分が「WEIGHT;B/D NO. I-559」と、貨物主としてはいずれも原告名が記載されていた。
2 ところで、被告久保は、同月一二日、ツシマスチールから前記チャンピオンI号により輸入されたワイヤーロッドのうち二〇〇バンドル(約三五〇トン)を、代金一九九五万円、引渡方法は置場渡しとする旨の約で買受けたが、同被告は右買受に際し、被告クムホ発行、被指図人を被告東西上屋、指図受取人をツシマスチールとする同月九日付荷渡依頼書の写(甲第二六号証の一、品名としては「線材五・五ミリメートル(ワイヤーロッド)三五五トン」の趣旨の記載がある。)、ツシマスチール発行、被指図人を原告、指図受取人を被告久保とする同月一二日付荷渡依頼書(甲第二六号証の四、品名としては「船名チャンピオンI号 ワイヤーロッド二〇〇バンドル 三五五トン」の趣旨の記載がある。)を確認のうえ、原告大阪支店発行、被指図人を藤原運輸泉北事業所、指図受取人を被告久保とする本件荷渡指図書(甲第一一号証の一、甲第二六号証の五と同一内容)の交付を受け、銀行振込により右代金を支払つた。
3 被告久保は、昭和五四年一月九日、原告大阪支店発行の本件荷渡指図書を藤原運輸に呈示して本件倉庫に保管中の右買受にかかるワイヤーロッドのうち二バンドルを引取、藤原運輸から残量が一九八バンドルである旨を確認した荷渡指図書(甲第五〇号証)の交付を受け、これを含めて同年一月三一日から二月二〇日まで合計四九バンドルの引渡を受けた(藤原運輸の保管料請求は、被告久保が直接の寄託者でないため引渡分についてのみなされていた。また、被告クムホがチャンピオンI号により輸入して本件倉庫に保管中のワイヤーロッドは、同年一月二六日の原告の指示による六バンドルの出庫後は、一九八バンドルとなり、被告久保が本件荷渡指図書により特定されたものとしてツシマスチールから買受け、原告から引渡未了のものと同数となり、被告久保の買受物件は藤原運輸との関係でも特定されていた。)が、ツシマスチールが倒産して被告クムホに対して売買代金の支払がなしえなくなつたことなどから、同年二月二二日、同被告は被告東西上屋に対し、ツシマスチールに売渡したワイヤーロッドの出庫停止を指示し、原告も被告東西上屋の指示に基づき藤原運輸に出庫停止を指示したため、被告久保は藤原運輸から前記買受にかかるワイヤーロッドの残量一五一バンドルの引渡が受けられなくなつた。
4 そこで、被告久保は、同年三月九日、大阪地方裁判所に対し、原告を被申請人として、同被告がツシマスチールから昭和五三年一二月一二日に太さ五・五ミリメートルのワイヤーロッドを代金一九九五万円、引渡方法を置場渡しの約で買受けたことを含め、いずれも置場渡しで前後三回にわたりワイヤーロッドを買受け、代金を完済し、右売買に際しては物件の保管者である原告とも物件の存否を確認、引渡方法も打合せ、鋼材等の輸入物を置場渡しで売渡す場合に第三者に転売するには荷渡指図書の交付により転売し、転売者がこれを直接保管者に呈示して寄託物の引渡を受ける商慣習があるところ、被告久保は原告発行の本件荷渡指図書の交付も受けたから、原告に対し所有権に基づく引渡請求権を有しており、右荷渡指図書により本件倉庫から昭和五四年一月九日から同年二月二〇日まで八回にわたり合計四九バンドルのワイヤーロッドの引渡を受けて内四七バンドルを大専鋼材株式会社(以下「大専鋼材」という。)に売渡したが、ツシマスチールが倒産したため、同月二〇日頃、原告がその出庫を停止し、同被告の再三の引渡請求にも応じないため、右大専鋼材に転売しえず、ワイヤーロッドが値動きの激しい相場物で釘に加工する段どりからも早急に引渡を受ける必要があるうえ、被告クムホもツシマスチールへの代金債権回収のため転売を計画しており、経営内容も思わしくないから保全の必要性もあるとの申請書(甲第七号証)を提出して、目的物件を太さ、原産地、数量、重量、所在地、価額により別紙物件目録のとおり表示してその引渡断行を求める本件仮処分申請をなした。
5 被告久保は、本件仮処分申請にあたり、ツシマスチール発行の被告久保宛の本件売買物件を含む物件の納品書、請求書各二通(甲第八号証の一ないし四、品名としては「五・五ロッドワイヤ線材」ないし「五・五ワイヤロッド線材」と記載されているのみである。)、振込金受取書四通(甲第九号証の一ないし四)、本件売買に先立つツシマスチールとの取引で交付を受けたとする被告クムホ発行の丸新港運宛の荷渡指図書(甲第一〇号証)、本件売買に際して原告大阪支店が発行した、被指図人を藤原運輸泉北事業所、指図受取人を被告久保とする昭和五三年一二月一二日付の本件荷渡指図書(甲第一一号証の一、右荷渡指図書には積来船として「CHAMPION-I」、在庫場所として本件倉庫、品名としてワイヤーロッド二〇〇バンドル、荷印欄に「EXPORT:KUMHO&CO, INC」の各表示と「シツピングマークを除去して出庫の事」と添書が記載されている。右添書は韓国製品の取扱を嫌う国内の高炉メーカーとの関係から転売先の大専鋼材の依頼により被告久保が原告に指示して記載させたものと推認される。)、右同一当事者間の本件売買直後の売買に関連して原告大阪支店から発行された荷渡指図書(甲第一一号証の二)、原告大阪支店の当時の課長橋爪秀雄の名刺(甲第一二号証)、藤原運輸泉北出張所名義の「チャンピオンI号 ワイヤーロッド 二〇〇バンドル口 一月九日 二バンドル(三五七〇キログラム)出庫 残一九八バンドル」の趣旨の記載のある荷渡指図書(受領証一通)と題する書面(甲第一三号証)、被告久保からワイヤーロッドの転売を受けている大専鋼材の取締役社長作成の被告久保から昭和五四年二月二〇日頃買受予定のワイヤーロッド一二バンドルの引渡を受けられず、大変迷惑しているとする同年三月八日付上申書(甲第一四号証)、被告久保自身が申請書と同趣旨の内容を記載した同日付報告書(甲第一五号証)を疎明書類として添付していた。
6 担当裁判官は、右申立書及び疎明書類により、被申請人である原告を審尋することなく、被告久保の申請を理由あるものと認め、翌三月一〇日、保証金六〇〇万円の供託を命じたうえ、同月一二日、原告が被告久保に別紙物件目録記載のワイヤーロッドを仮に引渡せとする仮処分決定を発令した。
7 被告久保は右仮処分決定に基づく執行を担当執行官に委任し、担当執行官は、同月一五日、執行場所である本件倉庫に赴き、藤原運輸の従業員である岩谷英義に本件仮処分決定を示して原告から寄託された別紙物件目録記載のワイヤーロッドの引渡を求めたところ、同人は同月一二日荷主である原告の指図を受け翌一三日朝日海運株式会社に引渡ずみであるから引渡せないと述べ、その旨の後記荷渡指図書(甲第三〇号証)を呈示して執行を拒絶したものの、本件倉庫の内外には目的物件と同種のワイヤーロッドが相当数山積されていたため、担当執行官は、目的物件が特定できず執行が不能であるとして、その旨の執行不能調書を作成した。
8 ところで、被告クムホは、同年二月二二日、被告東西上屋へ前記3のとおりの出庫停止を指示した後、同年三月一二日、被告東西上屋に対し、被告クムホ大阪支店自身を受取人としてワイヤーロッド一五五バンドルを引取る旨の荷渡依頼書(甲第二九号証の一)を発行し、被告東西上屋も同日付で原告宛に被告クムホ大阪支店に右ワイヤーロッドの引渡を指示する出庫指図書(甲第二九号証の二)を発行して同被告が本件倉庫及び汐見倉庫に寄託していたワイヤーロッド残量の引渡を求めたことから、原告は、既に被告久保やツシマスチールの引渡を指示する荷渡指図書(甲第二六号証の三、四)が発行されており、被告久保の再三の引渡請求にも荷主の被告東西上屋の指示により応じなかつたこれまでの経緯もあり、被告東西上屋及び引渡先である被告クムホに対し、右荷渡指示に従い荷渡することにより将来紛争が生じた場合には責任をもつ旨の確約を求めたところ、被告クムホは同東西上屋宛の、被告東西上屋は原告宛の右趣旨の各確約書(甲第三一号証の一、二)を同日付で作成のうえ、前者の写しと後者を原告に交付したため、原告は、同月一三日、チャンピオンI号で輸入された本件倉庫内のワイヤーロッドの残量一五一バンドル全量を含む一五五バンドルを被告クムホに引渡し、本件倉庫には原告の委託により保管するワイヤーロッドとしては原告が雙龍ジャパンから寄託を受けたものしか存在しなくなつた。
9 被告久保は、前記仮処分決定に基づく執行が不能となり、執行場所に品質同種のワイヤーロッドが相当数存在していたことから、同月一六日、大阪地方裁判所に対し、右仮処分決定の物件の表示中、数量の部分に書き落しがあり、表示を「左記倉庫内在中約一〇〇〇バンドル(梱包数)のうちの一五一バンドル」と訂正したいとして更正申立(同裁判所昭和五四年(モ)第二九四二号事件)をすると同時に、右更正申立にかかる同一物件を対象として藤原運輸を被申請人とする本件仮処分申請と同一内容の動産引渡の仮処分申請をした(同裁判所昭和五四年(ヨ)第一〇〇四号事件)ところ、同日、その旨の更正決定(甲第一八号証)の、同月一七日、藤原運輸を被申請人とする仮処分決定(乙第二号証の五)の各発令をいずれも担当裁判官により受けた。
10 被告久保は、右更正決定がされた本件仮処分決定及び藤原運輸を被申請人とする右仮処分決定の執行を担当執行官に委任し、担当執行官は、同月二〇日執行場所である本件倉庫に再度赴き、藤原運輸の従業員である前記岩谷英義に右の仮処分決定を示して原告から寄託された右ワイヤーロッドの引渡を求めたところ、当時、本件倉庫には原告が保管を委託したものとしては、雙龍ジャパンが韓国からナムスン号で輸入した太さ五・五ミリメートルのワイヤーロッドの残量四一二バンドルしか存在しなかつたのであるが、しかし右物件は被告久保の買受物件と太さ、原産地が同一のうえ、右仮処分決定の目的物件が「本件倉庫内在中約一〇〇〇バンドル(梱包数)のうちの一五一バンドル」という不特定物の引渡を求めるものと理解されたことから、岩谷としても、第一回仮処分執行時のように引渡拒絶をせず、本件倉庫東側に案内のうえ同所に野積されていた相当数のワイヤーロッドを目的物件として指示し、担当執行官も右岩谷の指示、案内から更正決定がされた本件仮処分決定の目的物件は同人の指示した物件であるとして、内一五一バンドルの本件ロッドにつき本件仮処分執行を行なつた。
右仮処分執行は同日午前八時三五分から午後三時四七分まで及んだが、その間、原告会社従業員である橋爪秀雄、渡海高の両名が執行場所に現れ、本件ロッドは原告が藤原運輸に寄託した品物であるが、その後第三者に売渡した品物なので、これを申請人である被告久保に引渡さず、執行場所で執行官保管されたい旨の申入をなしたが、担当執行官としては、実体関係である所有権の帰属については直接調査権限を有せず、本件仮処分決定の内容が引渡断行の仮処分であつて、その本旨に反する執行もできないため執行を継続し、本件ロッドには「SWRM 8K」のマーク及び「ウエイト」「バンドルナンバー」等を記入した鉄板の荷札が付けられていたが、本件仮処分決定における目的物件の特定表示と指標が異なつており、右表示との対照ができず、執行場所におけるワイヤーロッドも相当数あつたため、担当執行官は、前記藤原運輸の従業員岩谷英義の指示による特定以上に、右物件目録記載の総在庫数、価額の点を改めて右岩谷に確認することまではしなかつた。
11 原告は、右更正決定がされた本件仮処分決定を不服として、大阪地方裁判所に対し異議申立をした(同裁判所昭和五四年(モ)第四二九九号事件)ところ、同裁判所は、同年一一月二二日、被告久保の買受けたワイヤーロッドは特定物で本件倉庫内の品質同種の他のワイヤーロッドとの識別が当然要求され、通常積来船名または荷名、荷番号またはこの両者で特定されるところ、本件仮処分申請はこれを欠いており、申請を理由ありとした本件仮処分決定及び更正決定も目的物件の特定を欠くから失当であるとして右申請を却下し、右各決定を取消す旨の判決をなし、被告久保はこれを不服として大阪高等裁判所に控訴した(同裁判所昭和五四年(ネ)第一九八八号事件)が、同裁判所も、昭和五六年四月一六日、被告久保がツシマスチールから買受けたワイヤーロッドは本件倉庫に存在する太さ五・五ミリメートルのワイヤーロッド二〇〇バンドルで、前記原告大阪支店発行の荷渡指図書(甲第一一号証の一)の記載により特定された特定物であるところ、本件仮処分決定、更正決定の発令時には本件倉庫内には右のほか同種同品質のワイヤーロッドもこれとともに保管されており、右各決定の物件目録の記載では前記の特定物であるワイヤーロッドを表示しているものとは認め難いうえ、被告久保が買受けたワイヤーロッドは既に他に搬出され、原告は占有しておらず、被保全権利の疎明がなく、仮に売買の目的物が不特定物であるとしても、本件荷渡指図書に「シッピングマークを除去して出庫のこと」と記載してあることがシッピングマークにかかわらず同種同等の物品を引渡せという趣旨であることを疎明するに足りる資料はなく、被告久保が不特定物たるワイヤーロッドにつき原告に対し引渡を求める権利を取得したことについては主張立証が十分でないとして、被告久保の控訴を棄却する旨の判決をなし、右判決は確定した。
12 また、被告久保は、本件各仮処分事件の本案訴訟として、原告及び藤原運輸を共同被告にしてツシマスチールから買受けた前記ワイヤーロッドの残量一五一バンドルの引渡と右引渡義務不履行による損害賠償金の支払等を求める訴訟を大阪地方裁判所に提起した(同裁判所昭和五四年(ワ)第二四七一号事件)が、同裁判所は、昭和五七年一二月二〇日、被告久保はその買受物件の所有者になつたが、荷渡指図書の交付、呈示により直ちに受寄物の引渡が成立するとの慣習は成立しておらず、右所有権取得を原告らに対抗しえず、被告久保と原告ら間に寄託契約が締結されたことも認められず、また、荷渡指図書の交付または呈示に債権譲渡の通知ないし承認の効力も認められず、原告らが被告久保に対し指図の引受ないし引渡義務の承認をなしたことも認められないとして、同被告の請求を棄却する旨の判決をなした。
三そこで右認定事実に基づき被告ら各自の責任の有無について検討する。
1 被告国の責任の成否
(一) 担当裁判官の過失の有無
原告は、担当裁判官が更正決定を経た本件仮処分決定の発令に際し、重大な過失によりその権限を行使したもので違法と主張する。本件仮処分決定が異議訴訟で取消されて確定していることは明らかなところ、裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によつて是正さるべき瑕疵が存在したとしても、直ちに国賠法一条一項にいう違法行為があつたとして国の損害賠償責任の問題が生ずるのではなく、当該裁判官が違法又は不当な目的をもつて裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とする(最高裁昭和五七年三月一二日判決、民集三六巻三号三二九頁参照)から、以下この点につき検討する。
原告は右特別事情として担当裁判官が目的物件の特定を怠つたと主張するところ、仮処分における目的物件の特定については、物件の種類、数量のように特定に必須の指標と、目的物件の種類、契約内容、引渡場所等から相対的に必要とされる指標が考えられ、後者の指標として何を用いるかは一義的に決しうるものではないから、申請人の主張する目的物件の特定では依然特定を欠き不特定であることが疎明資料等により明白でない限り、仮処分申請を受理した裁判所は、申請人の目的物件の特定に従つて仮処分命令を発令したとしても、その権限の趣旨に明らかに背いたとはいえないというべきであり、これを本件についてみるに、被告久保は本件仮処分申請にあたり、目的物件を種類、数量以外に原産地、太さ、重量、所在地(保管場所)、価額の各指標で特定していたもので、かつ、同被告は目的物件の保管者である原告とも物件の存在を確認し、引渡の方法も打合せたことがある旨主張して原告大阪支店発行の本件荷渡指図書を疎明資料として提出していたものであるから、前記指標により目的物件が特定されたとして、担当裁判官が別紙物件目録記載の物件を仮処分の目的物として仮処分決定を発令したとしても違法とは到底いい難く、また、被告久保の更正申立についても、本件仮処分申請が目的物件とされる別紙物件目録の物件表示、物件の種類及び数量、第一回仮処分執行の際の本件倉庫の保管状況を記載した担当執行官の執行不能調査を総合すれば、限定種類物を目的とするものと推認しえたものであるから、同被告の更正申立に応じて担当裁判官が更正決定を発令したことは、仮処分の目的物をより明確にするための更正にとどまり、更正を経た本件仮処分決定を違法とはいい難い。
次に、原告は、担当裁判官が本件仮処分申請がいわゆる断行の仮処分申請であるにもかかわらず被申請人である原告を審尋せずに本件仮処分決定を発令したことが前記特別の事情にあたる旨主張する。担当裁判官が本件仮処分決定の発令に際して原告を審尋しなかつたことは当事者間に争いがなく、本件仮処分申請がいわゆる断行の仮処分申請であることもその主張から明らかであり、右仮処分が申請人に仮の満足を与える反面被申請人に著しい損害を与えるため、緊急性、密行性の要請と裁判の適正の要請との調和をはかる観点から通常の仮処分に比較して慎重な審理が要請されることは否定できないが、審尋、特に被申請人に対する審尋を行なうか否かは当該裁判官の裁量事項であつて法律上これを義務づけた規定はなく、また、動産仮引渡の仮処分については、隠匿の虞れなどから実務上被申請人の審尋まで行なわないとする見解がある(中川善之助、兼子一監修、実務法律大系 仮差押・仮処分 初版二六八、二七〇頁参照)うえ、前記被申請人の損害を担保するものとして後記のとおり立保証の制度があることを考えあわせると、担当裁判官が本件仮処分決定の発令に際して被申請人である原告を審尋しなかつたことが、その権限を逸脱ないし濫用したもので違法であるとはいい難い。
さらに、原告は担当裁判官が被保全権利の疎明がないのに本件仮処分決定を発令したことが前記特別事情にあたる旨主張するところ、保全処分はその性質上、緊急性、密行性が要求され、口頭弁論も任意的(民訴法七四一条一項、七五七条一項)で、被保全権利と保全の必要についても疎明で足りる(民訴法七四〇条二項、七五六条)として申請人の立証の負担を軽減し、疎明が不充分な場合はもちろん疎明のない場合にも、被申請人が被ることのあるべき損害を担保するための保証を立てさせて保全命令を発しうるとされている(民訴法七四〇条二、三項、七五六条)ことからみて、異議訴訟において保全命令が被保全権利の疎明がないとの理由により取消されてもそのことによつて直ちに前記特別事情があるとはいい難く、また、本件荷渡指図書のように発行者である寄託者が別個独立の第三者宛に物品の引渡を命じる他人宛の荷渡指図書で第三者の副署のないものの効力については、物権的効力を肯定する有力説もあつた(小町谷操三「荷渡指図書の性質と効力」法学教室旧版5一六〇頁参照)うえ、本件仮処分申請に際し、被告久保は鋼材等の輸入物の置場渡し売買については第三者への転売には荷渡指図書の交付により、転売者が直接保管者に呈示して寄託物の引渡を受ける商慣習があるとして、本件荷渡指図書以外にも被告クムホ発行丸新港運宛の荷渡指図書(甲第一〇号証)、原告大阪支店発行の被指図人を藤原運輸泉北事業所、指図受取人を被告久保とする荷渡指図書(甲第一一号証の二)を疎明資料として提出していたものであるから、担当裁判官が被保全権利の疎明があつたものとして、保証金六〇〇万円の供託を命じたうえで本件仮処分決定を発令したことに前記特別事情があるとは認め難い。
(二) 担当執行官の過失の有無
原告は担当執行官において更正決定を経た本件仮処分決定の目的物件の全数量、価格を確認せずに本件仮処分執行をなしたことを違法と主張する。担当執行官が本件仮処分執行に際し目的物件の全数量、価格を確認しなかつたことは既にみたとおり明らかであるが、全数量、価格は目的物件の特定のための一指標にすぎず、執行場所である本件倉庫を管理する藤原運輸の従業員である岩谷英義が担当執行官を案内のうえ目的物件として指示し、そのワイヤーロッドに付された鉄板の荷札には右全数量、価格の表示はみられず、これらの四囲の状況からみて目的物件の特定ありとして本件仮処分執行に至つた担当執行官の職務執行が違法とは到底いい難い(なお、価格については藤原運輸の自主記帳台帳にも記載されておらず、担当執行官が、相場物であるワイヤーロッドの価格を仮に右岩谷に確認していたとしても確答を得られなかつたことも容易に推認できる。)。
2 被告久保の責任の成否
原告は被告久保が被保全権利がなく、かつ目的物件が特定物であるのに不特定物の引渡を求める本件仮処分申請及び更正申立をして特定の不充分な更正決定を経た本件仮処分決定を得て原告が雙龍ジャパンから寄託を受けていた本件ロッドに本件仮処分執行をなしたもので同被告は民法七〇九条に基づく不法行為責任を負う旨主張する。
ところで、仮処分命令が、その被保全権利が存在しないために当初から不当であるとして取消された場合において、右命令を得てこれを執行した仮処分申請人が右の点について故意又は過失のあつたときは、右申請人は民法七〇九条により被申請人がその執行によつて受けた損害を賠償すべき義務があるものというべく、一般に、仮処分命令が異議もしくは上訴手続において取消され、或いは本案訴訟において原告敗訴の判決が言い渡され、その判決が確定した場合には、他に特段の事情のないかぎり、右申請人において過失があつたものと推定するのが相当である(最高裁昭和四三年一二月二四日判決、民集二二巻三四二八頁参照)。
そこで、更正決定を経た本件仮処分決定に対する異議訴訟において、結局被保全権利が存在しないとの理由で本件仮処分決定が取消され、本件仮処分申請却下の判決が言い渡されて確定したこと、また被告久保の原告に対する本案訴訟も、第一審においては被告久保敗訴の判決が言い渡されていることは、前記認定のとおりであるが、被告久保において本件仮処分に相当な事由があつて過失があるとはいえない特段の事情については、本件においてこれを認めるに足る証拠はないから、被告久保の本件仮処分決定に基く執行は過失があるといわなければならない。してみると被告久保は原告が本件仮処分執行により被つた損害を賠償すべき責任がある。
被告久保は原告の損害は国家の執行行為である本件仮処分執行によるものでありその損害とは因果関係はない旨主張するが、本件仮処分執行自体が被告久保の過失によるものであるから、右の過失行為と本件仮処分の執行による損害との間に因果関係が存することは明らかである。
被告久保は本件仮処分執行により引渡を受けた物件は同被告がツシマスチールから買受けたワイヤーロッドそのものであると主張するが、本件ロッドが雙龍ジャパンが原告に寄託していたもので被告久保の右主張が採りえないことは前記認定事実のとおりであり、同被告は原告との間では被告クムホの寄託物というだけで仮処分の目的物件が特定していたとも主張するが、本件仮処分申請時及び更正申立時に仮処分の目的物件の特定のために申請書に添付されていた別紙物件目録には寄託者名による特定はなされていないことは前記認定事実より明らかであるからその主張の前提を欠き、採用しがたい。
3 被告クムホ、同東西上屋の責任の成否
右被告両名が昭和五四年三月一二日付で、被告クムホは被告東西上屋宛に、被告東西上屋は原告宛にその荷渡指示により被告クムホにワイヤーロッド一五五バンドル(本件倉庫内の一五一バンドル、汐見倉庫内の四バンドル)を引渡すことにより将来紛争が生じた場合には責任をもつ旨の確約書を作成し、原告は前者の写しと後者の交付を受けて翌一三日被告クムホにその引渡を了したことは前記認定のとおりであるが、右確約書の趣旨は、右荷渡指示によりワイヤーロッドを被告クムホに引渡したこと自体により発生する紛争についての責任を規定したものであることは明らかであり、被告久保の本件仮処分申請が目的物件の特定を欠き、そのために本来対象とすべきでなかつた本件倉庫内の原告が雙龍ジャパンから寄託されていたワイヤーロッドに執行を受けたことにより原告が被つた損害についての責任までを含めたものとは到底解しえず、原告の右被告両名に対する請求には理由がない。
四次に、原告の損害につき検討する。
〈証拠〉によれば、原告は本件仮処分執行の結果雙龍ジャパンから寄託されていた本件ロッド一五一バンドルの返還がなしえず、昭和五四年四月三日、履行不能による損害賠償金として金一八一三万五〇一六円を雙龍ジャパンに支払い、右支払額と同額の損害を被つたことが認められ、これに反する証拠はない。
被告久保は原告の履行補助者である藤原運輸の従業員が本件ロッドを指示したもので原告側にも過失があり損害額の算定につき斟酌すべきと主張するが、前記認定のとおり、本件仮処分執行時本件倉庫には原告から藤原運輸が寄託されていたワイヤーロッドとしては雙龍ジャパンから原告が寄託されていた本件ロッドを含むワイヤーロッドしか存在しなかつたところ、被告久保が原告への寄託者名や荷印ないし積来船で目的物件を特定することなく、限定種類物として本件仮処分の申請に及び、更正決定を経た本件仮処分決定における目的物件の表示が不特定物の引渡を求めるものと理解され、担当執行官からも原告から寄託を受けたものとして右仮処分決定における目的物件の引渡の履行を求められたため、藤原運輸の従業員の岩谷英義が本件ロッドを含むワイヤーロッドを目的物件として指示したものであつて、原告側に過失があつたということはできない。
また、〈証拠〉によれば、原告は、昭和五四年四月二四日、その訴訟代理人に対し、被告久保の本件仮処分執行に対する方法異議の申立の着手金二〇万円、本件仮処分決定についての仮処分異議訴訟の着手金二〇万円、本件訴訟の着手金一二〇万円の合計金一六〇万円を支払つたことが認められ、右各訴訟の経緯、本訴における認容額等の諸般の事情を総合すれば、右支払ずみの弁護士費用金一六〇万円が被告久保の違法な本件仮処分申請と相当因果関係が認められる損害というべきである。
五従つて、被告久保は原告に対して、不法行為に基づく損害賠償金一九七三万五〇一六円及びこれに対する同被告に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年七月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。
よつて、原告の本訴請求は、被告久保に対しては右の限度で理由があるからこれを認容し、同被告に対するその余の請求及びその余の被告に対する請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官坂詰幸次郎 裁判官岡原 剛 裁判官栂村明剛)
物件目録
輸入物 (韓国製)太さ五・五mmのワイヤロッド(線材)
数 量 一五一バンドル(梱包数)
重 量 約二六トン
所在地 泉大津市新港町三番地 藤原運輸(株)内
泉大津出張所泉北倉庫内
価 額 二六八トン×五万七〇〇〇円(トン単価)=一五二七万六〇〇〇円